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■小説 上原半兵衛剣客列伝 青江又八郎の巻 一

「どこかに、手ごろな口入れ屋はないかのう」
 いきなり半兵衛が言い出したものだから、武之介は、また「下女を雇う」の類の話かと、身構えた。
 高名な(?)武芸者と聞けば、なんでも真似をせずにはいられないという半兵衛師匠は、以前にも秋山小兵衛を気取らんとして、おはると言う名の下女を雇うとか雇わないとか、騒いだことがある。
 だから、これは油断ならないぞと思ったのだが、なんにも考えていないらしい姪の歌代が、おっとりと答えた。
「口入れ屋なら、横網町の大黒屋さんがよろしゅうございますわ。以前、伯父上様が箱根に湯治にお出かけの折、代稽古をお願いいたしましたら、良い方をまわしてくださいました」
「おー、そんなことも、あったのう。武之介など十人おっても、何の役にも立たぬからのう」
「そんな、いくらなんでも……」
 上げかけた抗議の声は、完全に無視された。
「また、どこへかお出かけですの?」
「いや、そうではない。うん、大黒屋では、いかんのじゃ。ああいう大店では、都合が悪い。もっと小体(こてい)な、小間物屋と竹屋なんぞにちんまりと挟まれているような、無愛想な狸面の親父が、独りで店番をしているような、そういう所が良いのじゃ」
「はあ?」
 よくもまあ、こう次々と、わけの分からないことを考えつくものだ、と武之介は、嘆息した。

「話は、分かったがね。随分と、つまらないものに見られたものじゃないか。親分」
 裡懐(うちぶところ)に手を突っ込んだまま、やや伝法な口調で周庵は、答えた。
「つまりは、その美和とかと言ういたずら娘に悪い虫が付いたが、これがとんだならず者で、娘の心変わりを恨んで……というよりは、金づるを取り戻そうと、何をして来るか分からない。そこで見張りを付けたいが、うっかり若い者を付けて、またぞろ間違いがあっては一大事。だが、じじいなら安心だと、そういう訳だろう」
「いや、まあ、そう言っちまっちゃぁ、身も蓋もねえんだが……」
 神田一帯を仕切っている御用聞き、亀井町の万蔵は、半分以上白くなった頭に手をやった。髪の白さに引き比べ、小柄ながら体つきはがっしりしていて、柔和そうな目にも、油断がない。
 この老練の御用聞きが、かなわぬ者がこの世に二人。一人は家の嬶(かかあ)で、もう一人がこの先生だ。
 周庵は、ふふんと笑って、
「わたしは、まだそんなに枯れたつもりは、ないんだがね」
 うそぶいた。
 万蔵は、「へっ」と、後頭部から飛び出したような、妙な声をあげて、まじまじと周庵を見た。
「じ、じゃあ、あの噂は本当なんで?」
「噂だと?」
「つまり、そのう、先生の所へしげしげと出入りしている娘っ子が、先生のレコなんだてぇ……」
 万蔵は、小指を立てた。
「ばかを言いなさい」
 渋い顔をして周庵は、はらりと懐から手を出し、すぐまた引っ込めた。

「師匠~、そう条件の揃うところなんて、ありませんよ。この辺で、手を打ちましょう」
「いいや、神田橋本町の相模屋じゃっ」
 言い争いながらやって来るのは、言わずと知れた上原半兵衛と長尾武之介。
 ほう、と周庵は目を細めて、万蔵を振り返った。
「そういうことを、喜んで引き受けそうなお人が、やってきたぞ」
「へえ?」
「ちょいと変わってはいるが、腕は立つ。年寄りという条件にも、合うだろう」
 話してみるのだな、と言い捨てて、引き合わせもせず、とっとと行ってしまったから、万蔵はまごまごした。
「だいたい、ですよ。元禄の頃と言えば、もう百年以上も前のことなんですから。老舗の大店であればともかく、そんな小店が、今まで続いているわけ、ないでしょう」
 現在、半兵衛が扮しているのは、青江又八郎。元禄の頃の剣客、と言って良いものか否か。
 鳥越辺りに住んでいた浪人者で、誰やらを斬って主家を脱藩してきたのだとか、いや実は、密命を受けて御家の大事のために働く忠義の士だったのだとか、様々な噂はあるが、確かなことは分からない。
 分かっているのは、彼が一刀流をよく遣い、貧を凌ぐため相模屋という小さな口入屋から仕事を回してもらい、用心棒家業などをしていたのだが、これがまた、ちょいと女たちに騒がれそうな、姿の好い男だったということくらいだが、半兵衛がその気になるには十分だ。
「あの、もし」
 相手が、いちおう侍であるから万蔵は、小腰を屈めて下手に声をかけた。
「おお、吉蔵。ちょうど良い所で出合った」
「はあ?」
「これから、そなたの店へ行くところであったのだ。何か、良い仕事が入ってはおらぬかと思うてな」
「あのう、お武家様。なにか、人違ぇをなすっておいでじゃ、ござんせんか。あっしぁ吉蔵ではなく、万蔵と申しますんで」
 袱紗に包んだ十手を、懐の内で突っ張らかせて、身分を示した。
 半兵衛は、それをちらりと一瞥したが、意味が通じているのかどうかは、分からない。
「まあ、そう固いことを申すではない」
 わははと笑って、万蔵の肩をばしばしと叩いた。
 半兵衛とて、こう見えて、ただのじじいではない。それに思い切りどやされて、万蔵は顔をしかめた。先生は、ああいったが、これはどうも「ちょっと変わっている」どころの話しではない。少し、呆けてきているのじゃないか? そんな不安を感じながら、
「へえ、それで、お武家様……」
「青江じゃ」
「はい?」
「青江又八郎と申す」
「では、青江様。実は先ほど、豊島町の柏木周庵先生の御紹介をいただき……」
「おー、周庵殿。よく存じておるぞ。実懇の間柄じゃ。では、なんだな。周庵殿の紹介で、わしを名指しの仕事が来ておるというやつじゃな」
「はあ……。お仕事と申さば、そうでございますが……」
 万蔵が事の次第を話すと、半兵衛は満面喜色を浮かべて、膝を叩かんばかりにして喜んだ。
「用心棒、大いに結構。わしが、最も得意とする仕事じゃ。早速、その三笠屋とやらへ、行こうではないか」
 武之介が口をはさむ隙など、どこにもなかったのである。

「さすがは亀井町の親分。昨日の今日で、しかもこんな御立派なお侍さまを、お連れ下さるとは、思ってもみませんでした」
 三笠屋徳兵衛は、半兵衛を見て喜んだが、万蔵は、内心はなはだ不安だった。しかし、こうとんとん拍子に話しが進んでしまっては、今更どうしようもない。
 もっとも、何か起こるかもしれないというのは、多分に三笠屋の取り越し苦労である公算が高いと万蔵はみている。
 とんでもないならず者と徳兵衛は評したが、美和の相手とみられる安吉という男は、なるほど決まった仕事も持たない小博打打ちの、困った男ではあるが、ごく気の弱い男で、とても力ずくで美和を攫おうなどといった大それたことのできるやつではない。
 まだ目の覚めていない美和の方が、ふらふらと付いて行ってしまう恐れは、ないでもないが、その見張りならば、忠義な女中の一人もつけておけば十分である。
 そんなことよりも、
「先生に、あの青江様と仰るご浪人の素性を、よっく聞き出しておかなけりゃあ……」
 万蔵は、自分が送り込んだ浪人者が、何か不始末を仕出かしやしないかと、むしろそっちの方を危惧していたのである。

 半兵衛の仕事は、言う間でもなく三笠屋の娘、美和の護衛である。
 引き合わされた美和は、十五歳ということだったが、それにしてはどちらかと言うと手も足も細く、胸も薄い感じで、まだ子ども子どもした娘だった。
(ふうむ。これで、何人もの男を、たらしこんでおるとはの)
 用心棒としては、いざ知らず、この道にかけては百戦錬磨の半兵衛は、首をひねった。
 さて、年頃の娘に朝から晩までぴったりと張り付いてるなどということが出来よう筈がないし、昼日中から店にまで押しかけてくるほど大胆ではないだろうと、三笠屋徳兵衛自身も考えているのだろう。
「稽古事のない日は、お好きに過ごして構いませんよ」
 と言われて半兵衛は、三笠屋にあてがわれた一間でごろごろしたり、近所をぶらぶらと散歩したりして過ごした。日に一度は、武之介が心配してのぞきに来るが、早々に追い返す。まさに三食昼寝つき、おまけに晩酌までついて、これで二日に一分の手当てが出るのだから、結構な職場である。
 そんなこんなで、はじめの三日間は、何事もなく過ぎた。
 美和の稽古事は、琴、踊り、行儀作法を兼ねた手習い、活け花が一日置きで、お花だけは師匠が家に来るが、あとは通いである。
 四日目、琴の稽古へ行く美和に付いて半兵衛は、初めて外へ出た。今まで少し退屈気味だったこともあり、一分の油断もなく、用心棒の責を果たしていた。
 帰り道。
「ねえ、おじさん。おじさんの仕事は、なに? 悪いやつを、捕まえること? それとも、あたしの身を護ること?」
「それは、お美和ちゃんの身を護ることじゃな」
「なら、しばらく目をつぶっていて」
 美和は、背伸びをして半兵衛の目を、白く細い指で覆った。
 ほんの子ども、と数日前、自分で評したばかりだというのに半兵衛は、その指の感触にどきりとした。
「……そうはいかん。目を瞑っていては、護ることなど出来んし、お美和ちゃんが、寄り道などせず、真っ直ぐ家へ帰るよう見張るのも、勤めのうちでの」
「見逃してくれないと、あたし、舌を噛んで死んじゃうわ。そうしたら、おじさん、困るでしょう」
 なんとも、大胆な娘だと思った。これから逢引をするから、目をつぶれと公言したばかりでなく、半兵衛を半ば脅しにかかっている。
 しかし、その目が必死であることにも、半兵衛は気づいていた。
 美和は、親や世間が言うほど、男にうつつを抜かしている淫乱娘などではないのだ。
 恋をしているのだ、と半兵衛は思った。
 自分のことはいざ知らず、他人のこととなれば、こういうことを見抜く半兵衛の眼力は、経験豊富であるがゆえに、ちょいとしたものなのだ。
(こりゃ、ちっとばかり厄介なことに、なってきおったのう)
 用心棒の責を果たすだけなら、引きずってでも美和を、家へ連れ帰ればよい話しなのだが、人情としては、そうも行かない。しかし、迂闊なことをしては、肝心の三笠屋徳兵衛の信用を失うことにもなりかねない。
(はて……)
 頭を巡らすと、しきりにこちらを気にしているらしい男と、目が合った。男は、すぐに目を逸らしてそっぽを向いたが、
(ふむ、あやつが、安吉とか言う男じゃな)
 そう断じて半兵衛が、大股に近づくと、果たして男は、脱兎のごとく逃げ出した。
「このわしから逃げようなぞ、百年早いわっ」
 板切れを拾って軽く放る。回転しながら飛んだ板切れは、狙い違わず男の足を絡め取った。
「やめて!」
 美和が、悲鳴のような声を上げた。
 男は、観念したのか、あるいは腰を抜かしたのか、その場にへたり込んでいる。
「逃げて。安さん、逃げて!」
 叫びながらむしゃぶりついてくる美和をなだめながら半兵衛は、安吉に歩み寄った。
「た、た、たす、たけ……」
「ええい、はっきり喋らんかい」
「安さんは、悪くないわ。安さんは、関係ないの!」
「さて、それは、どうかの」
 襟首をつかんで、安吉を立ち上がらせる。その時、ひらりと紙切れが懐から落ちた。
「あっ」
 美和が手を伸ばしたが、半兵衛のほうが一瞬早かった。
「なになに……」
「だめよ。見ちゃだめ。きゃあぁぁぁっ」
 金属的な音が頭の中を響き渡って、半兵衛は、目を白黒させた。

 それは、恋文であった。
 綿々と女々しいまでの慕情が連ねられてはいるが、明らかに男の筆跡だ。なかなかきれいな文字で、目の前で怯えている安吉という男がしたためた物でないことは、明らかだった。安吉は、文使いに過ぎなかったのである。
「ふむふむ。なるほど……」
 美和は、顔を真っ赤に染めて、頬を膨らませている。
「相手は、お店の者かの」
 文面に、お嬢様という文字が見える。
「お父っつぁんには、言わないで」
「言うても、はじまらぬわい」
 うっかり事の次第を報告してしまったら、二日で一分の仕事がふいになってしまう恐れがある。
「さ、正直に相手が誰だか教えてくれたら、三笠屋殿にも黙っていようし、この文も、返してあげよう」
「清七さんよ」
 半兵衛は、真面目そうではあるが、色が白いくらいで、あまりぱっとしない顔立ちの、手代を思い出していた。
(ふぅむ、あんなのが、娘にもてるものかのう。それなら、わしも、もっともてても良さそうなもんじゃ)
 そんなことを考えながら、
「返事は、どうしておるのじゃ」
「あすこの茶店で書いて、安さんに渡してもらうのよ」
「なるほど。ならば、さっそく返事を書きなさい。清七へは、わしが渡してやる」
 情けない顔をしている安吉を、じろりとにらんで半兵衛は、
「こういう男が、お美和ちゃんに近づくから、父御も心配をするのじゃ。このわしは、信用があるからして、心配要らぬわい」
 わははと笑って、粋な役目は、半兵衛が務めることになった。

「師匠~。それじゃあ、本末転倒というものではありませんかっ」
「なぜじゃ?」
「だ、だって、その娘さんは結局、今でも店の手代と……」
 初心な武之介は、言葉を失って、真っ赤になった。
「大丈夫ですわ。一つ屋根の下に暮らしていながら、人を介して手紙をやり取りしているくらいですもの、あんなことや、こんなことになっている気使いは、ございませんわ。……あら、まあ。どうなさいましたの? 武之介さん」
 石化してしまった武之介を尻目に、上原半兵衛の用心棒家業の日々は、まだまだ続く!




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