◆お芝居情報◆
【放送日】1999/01/07 【お芝居】一富士、二鷹、三徳次
●杉浦日向子のおもしろ講座●
江戸風俗研究家
杉浦日向子
補足
長尾武之介
◆本日の良かった点◆
●境内のセットの富士山。
寺の境内のセットに富士山の背景がありました。
これは「初富士」といって、初日の出と並んで富士山をお正月に観ることは縁起が良いことだったそうです。
(富士山の絵を掛けておくだけでも良いことだったそうです。)
●正月の猿回し
悪しき事を去る(猿)という事で、悪い事を全部取り去ってくれるという事になります。
お正月に猿回しを観ることは良いことだったそうです。
●正月の宝引(ほうびき)
今回はお金だけが景品でしたが、これはめずらしいケースです。
普通は
扇子や履き物、手ぬぐいとか食べ物とかを隣座敷に入れて、襖をぴっちり閉めてひもだけ出します。
あるいは今回のように、ついたてを置いて景品を見えなくしてひもを出し、紐
(ひも)だけをそれぞれ引いてもらうというものでした。
それがお正月、
子供達が楽しみにしていた遊びでした。
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宝引(ほうびき)
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くじひとをひいて景品を当てる遊び
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◆本日の間違い点◆
●去年もあった恵方参り
恵方参りというのは
毎年方角が違っています。
それゆえ、参拝客が
「今年の恵方参りはいつもより少なめ~」
というのはおかしい。
(今年たまたま金門寺になっただけである。)
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恵方参り(えほうまいり)
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初詣の原型。
年ごとに変わる恵方にある神社仏閣に参詣すること。
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●正月の富くじがあった!
お芝居の設定では、二日になっておりました。
それなのに富くじが当たって賞金をもらったというのは不自然です。
というのも、正月の時期には福富は行われていなかったのです。
もし行われていたとしても、たいていの場合
「後日、届け使わす。」
ということで、なかなかお金を持ち帰ることは難しい事です。
●道に落ちていた一両を拾った
道に一両が落ちていたのを拾っておりましたね。
拾い物をした場合、お役所か番所に届け出ないと罪になります!!
(間違いという訳じゃないのですが)
●大江戸お正月事情●
■初夢の定義■
初夢には、いくつもの諸説がありました。
当時は四つの説がありました。
【1】節分の夜から立春の明け方に見る夢
当時は節分が旧年中に来てしまう事の方が多く、立春を迎えて春が立ちます。
そして新春としてのお正月を迎えるということです。
だからこそ、初春ということになるのですね。
【2】大晦日の夜から元旦に見る夢
【3】元旦の夜から二日の朝に見る夢
【4】二日の夜から三日の朝に見る夢
どれが本当という訳ではありませんが、江戸中期以降に
「落ち着いた二日の夜に、落ち着いて見た夢が一番ふさわしいのではないか」
という事で、二日に落ち着いたらしいです。
また、この当時では「宝船売り」という七福神の乗った船を売る習慣が始まりました。
江戸っ子は良い初夢を見ようと宝船の絵を枕の下に敷いて寝たそうです。
江戸の人々の初夢に対する思い入れの強さが感じられますね。
■正月の江戸の姿■
江戸庶民達はお正月は
たいへんのんびりとしていたそうです。
いわゆる
「寝正月」というのがほとんどだったそうです。
吉原は年中無休でしたが、
元旦だけは休みにしていました。
そして二日目に年令といって年始として門を開き、
常連客だけが登楼することができました。
吉原の門松は、相当丈が高くできております。
松を真ん中にして竹で回りを囲んで竹の先を切り落とさず、伸ばすままにしておきました。
生えるがままなので、二階の座敷から竹のさらさらという音が聞こえたそうです。
風流ですね~。
門松の竹は先が切られていますよね。
これは徳川家康が武田家との戦いの時に
「武田(竹)を斬る」
ということから来たそうです。
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