
「木挽町芝居」
『
新版 江戸名所図会 上巻』より
(鈴木棠三・朝倉治彦校註、角川書店、p208-p209、1975/1/10)
木挽町の森田座に人がびっしり群衆している様子が描かれています。

「芝居顔見世の図」
『
東都歳時記3』より
(齋藤月岑・朝倉治彦校注、平凡社、p44-p45、1972/11/10)
中村座の顔見世興業です。
色々な人が描かれています。
●衣装運び
黒いつづらを運んでいる人が、
役者さんの衣装を運んでいる人です。
●上客
その隣、駕籠で乗り付けているのは、本当に立派な高級車で乗り付けてくるようなお客様です。
●幟
今のように、「市川団十郎丈」とか「岩井半四郎丈」とか、幟
(のぼり)がたっています。
上演時間ですが、
朝の明六ツ~暮六ツまで、
12~13時間にわたる長丁場です。
ゆえに、そこで食べたり飲んだりする訳ですが、さすがに疲れてしまいます。
そこで、今回のような三次さんの経営する芝居茶屋が重要になってきました。
芝居茶屋は、長時間の芝居見物での
食事や休憩の場所でもあった。
そこで、横になって休んだり、お着替えをしたりします。
女性客の場合だと、一日のお芝居のうちに3~4回はお召し替えをしました。
お色直しですね。
そういうのを全部含めたのが芝居見物なのです。
そういう歌舞伎芝居が
情報の発信地でもあり、
ファッションリーダーでもあったわけです。