◆お芝居情報◆

【放送日】1999/06/24
【お芝居】氏より修業

役柄役名出演者名
金太 桜 金造
和吉 えなりかずき
三次 魁 三太郎
お由紀 由紀さおり
清吉 山田一統
伝兵衛 熊倉一雄
安吉 大竹雅樹
お江戸でござる オリジナルソング
曲名
作詞
作曲




●杉浦日向子のおもしろ講座●
江戸風俗研究家 杉浦日向子
加筆・編集・補足 長尾武之介



◆本日の良かった点◆

●和吉がお酒をのんでいましたが・・・
現代では、認められていない事ですが、江戸時代は大丈夫でした。
しかし、清吉や安吉は同い年ですがいけません
それは、和吉は元服しているので、一人前の大人であるからです。
歳は関係なくて、前髪のあるなしで、大人か子供かの線引きがされるのでした。
前髪を剃って元服すると、社会的に成人とみなされた。
今回、早い早いと言われておりましたが、母子家庭でおっ母さんを助けたいという場合はいいんです。
もう一人前として扱われます。
なぜかというと、前髪のまま奉公なり親方の所へ弟子入りしますと、小僧さん扱いになるので給料がでないのです。
(お小遣いくらいはもらえるのですが・・・)
前髪を剃った姿で入門すれば、少なくとも一応給料は出るので、おっ母さんの助けになるのですね。
親孝行で良い息子さんだそうですよ。和吉くんは。(^^


●元服は武士の世界だけじゃない?
町人にでもやります
11歳~19歳の間にすることになってました。
江戸の初期は早めにしていたのですが、段々時代が下がるに従って17,18、19歳あたりが増えてきました。

元服の儀式ですが・・・
となり近所や親戚などお世話になった方みんなに挨拶をしに行って、一人前の大人になりましたとお披露目があって、認めてもらいます。
女性の方ですが・・・
一番知られている事で、お嫁入りをして歯だけを染めるのを半元服
眉まで剃りますと、元服という言い方が多いようです。

元服という言葉は、その他の区切りに使うことはありますが、基本的に男子が成人になるという使われ方でした。


●大江戸洗濯事情●

■洗濯を職業とした悉皆屋■
著作権の都合上、掲載を取りやめました
「三谷一馬 氏 画」
江戸職人図聚
(三谷一馬、中央公論新社、2001/12/10、P49
(出典元:『画本時世粧』 歌川豊国画)

上の絵ですが、単に長屋のおかみさんが洗濯をしているという絵ではありません
洗濯屋さんという職業の方です。
都心部に限った職業でして、農村部だとみなさん自分でやりました。
絵のように、盥(たらい)を使って洗濯するのは、都会ならでは風俗です。
(凸凹のついた洗濯板は、使われていなかった模様です)
江戸は単身者が多いので、大変重宝がられまして、職業あぶれるという事はありませんでした。

この絵の場合ですと、この盥の下に下駄を挟みまして、斜めにして洗濯しやすいように工夫してあります。
この洗濯屋ですが、江戸では女性が多いのですが、上方では男性が多く、悉皆屋(しっかいや)という呼び方をします。 悉く(ことごとく)という字を使うので、「全て悉く綺麗にしますよ。」という意味があるのでした。
悉皆屋(しっかいや)
上方で洗い張りや染めなどを一切受け持った業者。
男性が多かった。

ただ、『守貞漫稿』には次のような記述も見受けられます。

「衣服等染模様小紋染・無地とも京師を好とす。また洗い張り等の工も上手多し。故に大阪諸所に宅ありて、これを集めて京に遣るを業とす。号けて「しつかひ」と云ふ。」
(『近世風俗史(一)』(喜田川守貞、岩波書店、1996/5/16、P185より)
(意訳:衣服等は京の職人が素晴らしく、技術も高い。それゆえこれを「悉皆屋」として職業としている人々がいる。)

「また大阪には悉皆屋と云ひて、あるひは京人より店を開き、あるひは国人これを業とする者あり。(中略)・・・江戸市民ども便を求めて染物の美を欲す者は京師に遣り・・・」
(『近世風俗史(三)』(喜田川守貞、岩波書店、1990/10/15、P183より)
(意訳:大阪には現地の人や京都からの人が悉皆屋を開いている。江戸でも美にうるさい人は、京の職人を使っていた。)
とあり、江戸でも存在した職業なのかもしれませんが、本場は京都だったようですね。


■洗濯のお値段は?■
ちなみにこの「悉皆屋」などの洗濯屋はどのくらいの料金で利用できたのでしょう?
江戸生業物価事典』によると文久年間の江戸にあった褌専門の洗濯屋(!)で
「この洗濯屋で最初240文で新しい六尺褌を買って、それから其褌が汚れた時、それを60文添えて持っていくと、即座に綺麗に洗濯し上げた代わりの褌を渡してくれるから、その場でそれを締めて帰り、それが汚れると、又60文添えて洗濯したのに取り替えて貰うのだが(中略)・・・それはあまり古くならぬ先に中形(ちゅうがた)などに染めて、仕立物にして田舎へ送るのだとの事であった」
(意訳:洗濯屋で240文で買った褌。これを洗濯に出したら60文で新しいのをよこしてくれた。古いのは仕立物にして田舎で使うんだそうだ)
(『江戸生業物価事典』(三好次郎編、葵蛙房、H14/12/10、P135より)
とあります。
褌一丁240文!!Σ(゚Д゚)
現代的な金銭感覚からすると、パンツ一丁7500円くらいな感覚でしょうか。
洗濯代は2000円くらい。
(16文の掛け蕎麦を500円と換算してみました)
六尺褌って高級品ですねっ!!
洗濯も今のワンコインクリーニングとは比較にならないくらい高価です、ひえぇぇぇぇ~。Σ(゚Д゚)
褌でこの位の値段だったと考えると、着物の値段・洗濯もそれなりの金額をしたのだろうと思います。
気軽に
「ちょっと汚れたからクリーニングするか!」
っていう事はできなかったでしょうね。


半兵衛:将来の就職先が見つかって良かったノゥ。(^0^)
武之介:うぬぬぬぬ・・・・(>o<)



■洗濯のやり方■
現代のような洗剤はありませんでした。
一番ポピュラーでしたのが、灰汁を水に混ぜたものでした。
灰汁(あく)
かまなどの灰を水に浸し、ろ過したもの。
アルカリ性で洗浄作用がある。
「灰汁桶の雫やみけりきりぎりす」
灰汁を取る作業を詠んだ句です。
(木炭・藁灰を布の敷いた笊(ざる)に入れ、その下に桶を置き、上から水をかけて灰汁を取ります。)
それを裏ごししたものを、絵のように洗います。
他には・・・
①糠(ぬか)を入れる
②米のとぎ汁を入れる
③ムクロジを使う。
ムクロジ(はご板の羽の下についている黒い丸)の実の皮を煎じてつめますと、ぬるぬるブクブク泡がたって、とても良く汚れが落ちたそうです。
ムクロジ
西日本中心に分布する落葉高木。
果皮に洗浄成分を含み、洗剤に使われた。
いろいろな工夫があったのですね。

洗い張り(部分)
鳥居清長画 「洗い張り(部分)」
浮世絵に見る江戸の一日』より
(藤原千恵子編、河出書房新社、p26、1996/6/25)
井戸端での洗濯でしょうか、盥の下には洗い場様の板場あります。
その上に下駄おいて腰掛けながら洗濯をされております。
やはり洗濯時では、洗濯板は使用しておりませんね。

それにしても薄着の着物の胸元を開け、素足に重ね草履とは、何とも色っぽい洗濯風景なんでしょうか(笑)

洗い張り
葛飾北斎画 「洗い張り」
浮世絵に見る江戸の一日』より
(藤原千恵子編、河出書房新社、p26、1996/6/25)
こちらは洗濯物を干している絵ですね。
洗い張りとは
「高級な絹の着物など、型がしっかり できている衣類を解き離して、ゴミや糸くずを除去して洗濯して、仕上げる作業のこと」
を言うそうです。
(参考サイト:クリーニングのマツオカ クリーニングの歴史

お子さんもお手伝いでしょうか?それとも遊んでいるのでしょうか?(^o^)
ずいぶん高い位置にある見晴らしの良い物干し場なためか、気持ちよく乾きそうな風景ですね。


着物は大事に使いますよね。
なんと、江戸の人々は最低でも親子三代まで着用していたそうです。
布製品そのものが非常に高価でしたので、端切れに至るまで大事に使われていました。
では、江戸時代の着物のリサイクル課程を見てみましょう。
着物のリサイクル ①[着物、ゆかた]
  変な小僧が着ている着物が・・
  
着物のリサイクル ↓ 古くなりますと・・・

  ②[古くなると、赤ちゃんのおしめ]
  これまた奇怪な赤ん坊(?)のおしめに・・・
  
着物のリサイクル ↓ さらにボロボロになると・・・

  ③[雑巾にいたします。]
  ここら辺りまではご存じかも?
  
着物のリサイクル ↓ 更に更にボロボロになると・・・

 ④[裂いて、よって編み、鼻緒の芯にしました。]
  よく時代劇なんかでやるよね。
  着物をびりびりと切ってやるやつ。
  
着物のリサイクル ↓それさえも使えないボロボロになると・・・

  ⑤[かまどにくべて、燃料にしました。]
  燃料までにするとは・・・
  
着物のリサイクル ↓ まだあるよ(^^;

  ⑥[さらに灰となったものを洗濯の際の灰汁に使いました。]
  さすがに灰汁まで使うとは・・・
  お見それしましたぁ~。m(_ _)m
  
まさに本当にリサイクルですね。
すばらしいです!!(@。@)スゴスギル・・・

■参考文献■

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