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「三谷一馬 氏 画」
『
江戸職人図聚』
(三谷一馬、中央公論新社、2001/12/10、P49
(出典元:『画本時世粧』 歌川豊国画)
上の絵ですが、単に
長屋のおかみさんが洗濯をしているという絵ではありません。
洗濯屋さんという
職業の方です。
都心部に限った職業でして、農村部だとみなさん自分でやりました。
絵のように、盥
(たらい)を使って洗濯するのは、都会ならでは風俗です。
(凸凹のついた洗濯板は、使われていなかった模様です)
江戸は単身者が多いので、大変重宝がられまして、職業あぶれるという事はありませんでした。
この絵の場合ですと、この盥の下に下駄を挟みまして、斜めにして洗濯しやすいように工夫してあります。
この洗濯屋ですが、江戸では女性が多いのですが、上方では男性が多く、
悉皆屋(しっかいや)という呼び方をします。
悉く
(ことごとく)という字を使うので、「全て悉く綺麗にしますよ。」という意味があるのでした。
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悉皆屋(しっかいや)
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上方で洗い張りや染めなどを一切受け持った業者。
男性が多かった。
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ただ、『
守貞漫稿』には次のような記述も見受けられます。
「衣服等染模様小紋染・無地とも京師を好とす。また洗い張り等の工も上手多し。故に大阪諸所に宅ありて、これを集めて京に遣るを業とす。号けて「しつかひ」と云ふ。」
(『近世風俗史(一)』(喜田川守貞、岩波書店、1996/5/16、P185より)
(意訳:衣服等は京の職人が素晴らしく、技術も高い。それゆえこれを「悉皆屋」として職業としている人々がいる。)
「また大阪には悉皆屋と云ひて、あるひは京人より店を開き、あるひは国人これを業とする者あり。(中略)・・・江戸市民ども便を求めて染物の美を欲す者は京師に遣り・・・」
(『近世風俗史(三)』(喜田川守貞、岩波書店、1990/10/15、P183より)
(意訳:大阪には現地の人や京都からの人が悉皆屋を開いている。江戸でも美にうるさい人は、京の職人を使っていた。)
とあり、江戸でも存在した職業なのかもしれませんが、本場は京都だったようですね。
■洗濯のお値段は?■
ちなみにこの「悉皆屋」などの洗濯屋はどのくらいの料金で利用できたのでしょう?
『
江戸生業物価事典』によると文久年間の江戸にあった褌専門の洗濯屋(!)で
「この洗濯屋で最初240文で新しい六尺褌を買って、それから其褌が汚れた時、それを60文添えて持っていくと、即座に綺麗に洗濯し上げた代わりの褌を渡してくれるから、その場でそれを締めて帰り、それが汚れると、又60文添えて洗濯したのに取り替えて貰うのだが(中略)・・・それはあまり古くならぬ先に中形(ちゅうがた)などに染めて、仕立物にして田舎へ送るのだとの事であった」
(意訳:洗濯屋で240文で買った褌。これを洗濯に出したら60文で新しいのをよこしてくれた。古いのは仕立物にして田舎で使うんだそうだ)
(『江戸生業物価事典』(三好次郎編、葵蛙房、H14/12/10、P135より)
とあります。
褌一丁240文!!Σ(゚Д゚)
現代的な金銭感覚からすると、パンツ一丁7500円くらいな感覚でしょうか。
洗濯代は2000円くらい。
(16文の掛け蕎麦を500円と換算してみました)
六尺褌って高級品ですねっ!!
洗濯も今のワンコインクリーニングとは比較にならないくらい高価です、ひえぇぇぇぇ~。Σ(゚Д゚)
褌でこの位の値段だったと考えると、着物の値段・洗濯もそれなりの金額をしたのだろうと思います。
気軽に
「ちょっと汚れたからクリーニングするか!」
っていう事はできなかったでしょうね。

半兵衛:将来の就職先が見つかって良かったノゥ。(^0^)
武之介:うぬぬぬぬ・・・・(>o<)