◆お芝居情報◆

【放送日】1999/09/02
【お芝居】半襟を持って知る親子のきずな

役柄役名出演者名
金太 桜 金造
和吉 えなりかずき
三次 魁 三太郎
お重 重田千穂子
お冬 坂本冬美
お由美 野川由美子
左吉 左とん平
お江戸でござる オリジナルソング
曲名
作詞
作曲




●杉浦日向子のおもしろ講座●
江戸風俗研究家 杉浦日向子
加筆・編集・補足 長尾武之介



◆本日の良かった点◆

●番頭の三次さんが旦那さんをいさめるシーンが良かった。
番頭さんは店を守るのが御仕事なので、正しい事をしていたそうです。
遊び人の旦那さんは叱られて当然なのです


●お重さんが箱根の宿で洗濯をしている時に洗濯板を用いなかった
洗濯板は新しい物なので、江戸の頃には使いませんでした。


◆本日の間違い点◆

●和吉の父親が優秀な半襟職人だったという設定でしたが・・・
半襟(はんえり)
襦袢の襟にかける付け襟
半襟は非常に多彩な柄・色・染め方や技が施されおります。
まず無地の物(今回のお芝居で男性陣が着ていた柄のない無地)、型染めの物(型で染めた物)、手書きの物、そして縫い取った刺しゅうの物(お由美さんが着ていた着物)、絞りの物といろいろありました。
通常はそれぞれの職人さんに発注するわけなのです。
半襟の種類
地・型染め・手描き・刺しゅう・絞りなど
無地なら染め屋さんに、手描きなら手描き職人、型なら型染め師、縫い取りなら刺しゅうをする人、絞りは絞り職人ということで、それぞれの職人さん任せます。
半襟すべてを網羅するということは、それら五つの技全部OKというマルチな職人さんという事になります。
本当にそのような人がいたという事は難しかなということでした。
それぞれに手配するので、実際にはいないだろうということですが、もしかしたら職人さんではなく、全体をトータルしたデザインをする人はいたかもしれません。
自分でやってしまうと、とても大変な事ですね。

今回のお芝居は半襟屋さんという事でしたが、半襟屋さんは実際にありまして、江戸末期から明治にかけて現れました半襟専門店というものです。
出張販売などもしました。
竹馬の端切れ屋と言いまして、竹馬のようなものに端切をたくさん下げて、売り歩きます。

現在手元に資料がありません。
手に入り次第、掲載いたします。
「竹馬きれ売り」 三谷一馬氏画
半襟専門店は江戸末期から明治・大正にかけて隆盛した。


●大江戸おしゃれ事情●

■お江戸のおしゃれポイント■

「浮世十六むさし 親がむつかしさにくろうする子」(歌川国貞)
ヴィジュアル百科江戸事情 第六巻服飾編』より
(長坂一雄発行、雄山閣、P80、1994/11/20)


(拡大図)
赤い襦袢の襟元についているのが、半襟です。
襦袢の襟が本襟というのに対して、それよりも短いので半襟という名前になっています。
この場合ですと、白地に薄いオレンジ色の格子柄になっていますが、だんだんと柄物、凝った物が好まれるようになってきました。

上着についているのが、黒しゅすの掛け襟です。
汚れや痛みから保護するためにつけていました。
他に半纏や打掛には、ビロードの黒掛け襟をつけていました。

流行りや廃りなども大変ありました。
江戸の中期~後期にかけて、いわゆる江戸の粋、粋好みというのができてきまして、婦人のお店にある物も渋い、渋めの色が中心になってきました。

そういう事なので、裏や襟などに派手な色をきゅっと入れてアクセントをつけたということなのです。
しかも半襟は顔に一番近い部分なので、顔を引き立てる物として非常に重要な小道具に扱われいました。
江戸のポイントファッション
地味な着物に派手な襟や裏地を組み合わせる。

■おしゃれの流行を作る人々■
当世好物八契 けん酒
栄泉画 「当世好物八契 けん酒」
図説 浮世絵入門』より
(稲垣進一編、河出書房新社、p94、1975)
これは辰巳芸者、いわゆる深川の芸者さんの艶姿(あですがた)です。
非常に豪勢なお姿です。

絵をよ~く見てみると、珍しいものがあります。
銘が入っていることに気が付くと思います。
渓斎 渓斎とあって判が押してありますね。
淫斎というのは渓斎英泉(けいさいえいせん)、この当時の人気第一の歌麿を次ぐ美人絵の絵師なのです。
つまり、当代きっての浮世絵師に描かせた半襟を付けているという大変豪勢な訳です。
更に、この芸者さんがいかに全盛の芸者さんであったかが分かります。

半襟はピンからキリでして、本当にお手軽な物から高価な宝石クラスの高価な物までありました。
(この芸者さん、ブランドのサインを見せてこの半襟の凄さを見せびらかすために、わざとここまで襟元をさらけ出しているのでしょうね。(^^; )
それから、男性にねだる物としては、一番に格好の良い物でした。


星や霜当世風俗 房楊枝
「星や霜当世風俗 房楊枝」(歌川国貞)
図説 浮世絵に見る色と模様
(近世文化研究会、河出書房新社、1995/7/25、P82
●こういった半襟とは江戸の庶民の物?●
江戸はやはり江戸の渋好みと言うことで、このような小さい所のおしゃれにこだわります。
面積の大きな所は地味に押さえて、きゅっと小さな所に派手な物を持ってくる
また倹約令が頻繁に出されていたので、小さな所で目立たない所でおしゃれをするということで、裏地(今回のお由美さんがお召しになっていた着物の裏地は八掛(はっかけ)、表は鮫小紋(さめこもん)と言って、細かい無地に見える小紋です。)は、一見、地味に見えますが、裏地は派手な物という着物です。
(左の女性が着ているのが鮫小紋の着物です)



「新板錦絵当世美人合 三光きどり」(歌川国貞)
ヴィジュアル百科江戸事情 第六巻服飾編』より
(長坂一雄発行、雄山閣、P134、1994/11/20)
●他にどのようなおしゃれグッツがあったの?●
江戸も時代が下って来るに従って、いろいろな着こなしが現れてきます。
まず帯が太鼓結びというのが出てきます。
そうなりますと、帯揚げと帯締めが必要となってきます。
それ以前の帯は、帯揚げ、帯締めがありませんでした。
江戸後期に登場した太鼓結びは、帯揚げと帯締めを必要とした。
左の女性は、「ぱんち留」という帯留めなんだそうです。
帯留めには専用の組紐。
紐端に留め具の金具をとりつけた帯留めがあります。

なお、この帯留め・帯締めは
「文化一四年の亀戸天満宮の太鼓橋再建祝いに、深川芸者が結んだ太鼓結びが反響を呼んで、その後普及した」
のだそうです。
着物を締める為の帯を更に締める帯締めとは・・・女性の着物はおしゃれが進むに従って、どんどん複雑になっていくみたいですね、すごい。(^^



■男性のおしゃれ■
半兵衛先生のおしゃれ? 江戸独特のおしゃれです。
男性の方は羽織の裏ですね。
(着ている時はわかりませんが、脱いだときに「ちょっとかけてくれる?」と言って手渡した時に裏地が見えて「うわぁぁぁぁ~」という事になるわけでしょうね。(^^;

ということで、先生の羽織裏を拝見してみました。(←)
・・・つぎはぎさえ無ければ、決まっているんですけどねぇ~。(^^;
(目立たない焦げ茶系でつぎはぎしてます。)




ということで、数多くの組み合わせがきくようになりまして、おしゃれの幅が広まったということです。

江戸のおしゃれは見えないところのワンポイントにこだわるということでした。

■参考文献■

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