◆お芝居情報◆

【放送日】1999/10/07  【お芝居】月見る月はこの次の次?

配役 出演者名
金太 桜 金造
和吉 えなりかずき
魁三十郎 魁 三太郎
重奴 重田千穂子
お陽 浅茅陽子
お洋 長山洋子
国造 村井国夫



●杉浦日向子のおもしろ講座●
江戸風俗研究家 杉浦日向子
補足 長尾武之介



◆本日の良かった点◆

●和吉のセリフ「お月様はありがたい。提灯無しで歩けるから。」
これはとても良いセリフでしたね。
月に一度の満月の日は、みんなが心待ちにしている夜遊びの日なのです。
本当に提灯なして出歩けるので、夜の町にたくさん人がくり出します。
そこで「満月に逃げる盗人無し」と言いました。
明るく人も多いので、人目に触れすぎてしまいます。
ゆえに、盗人は満月の夜には逃げないというわけです。
満月の日に逃げようとする盗人の金太はちょっと常識外れだったかなぁ~ということになりますね。

(『広重画 「猿わか町よるの景」』には、その明るさが非常によく描かれております。)
(参考:大江戸照明事情))


◆本日の間違い点◆

●国造の家にあった引窓
たいてい引窓は(かまど)の上の煙逃しとして作られるものなのです。
国造の家にあった引窓は珍しい位置にありましたよね~。(^^;
住んでいる方の好みでどうしてもここに作りたいというのであれば、間違いではありませんが。
引窓(ひきまど)
多くの長屋には天井に換気用の窓がついていて、そこから光も採れた。

●お重さんのセリフ「ほとぼりが冷めるまで上方の方へ・・・」
上方へ逃げることが急な事だったので、手形もありません
入鉄砲に出女といって取り締まりが厳しかったため、特にお重さんは箱根を越えられないでしょう。
入鉄砲に出女(いりでっぽうにでおんな)
関所の主な役割は江戸に入る鉄砲と江戸を出る女性の取り締まりだった。

●あれれ?お洋さんが奉行所にいましたよね?
奉行所ではなく、魁の旦那の自宅なら問題は無かったのですが、奉行所には女性はいるはずがありません
というのは、奉行所には女性の職員はいないからです。
また、よほどの事が無い限り、岡っ引きも入ることはできません
同心の自宅までは行けるのですが、奉行所に入るとなるとよほどの特待にでもされていない限り厳しいでしょう。
今回の様なこそ泥一匹の事では、奉行所に入ることはできませんね。
岡っ引き(御用聞き)は同心の私的な使用人で奉行所とは関係が無かった。

また、魁さんの役所の定町廻り同心というのは「非常なエキスパートで生え抜きの精鋭隊」なのです。
ですから、自慢していても良いのですよ、魁の旦那。(^^;
定町廻り(町廻り)同心(じょうまちまわりどうしん)
町を巡回して情報収集を行い、犯罪捜査や犯人逮捕にあたった。


●大江戸言葉遊び事情●

■人気のしゃれ言葉■
それは残念、閔子騫 魁さんがずいぶんはまっていました
「それは残念、閔子騫(びんしけん)
ですが、お芝居の中でも読んでいた式亭三馬の浮世床に確かに出てきます。
江戸っ子に大変人気のあったしゃれ言葉でした。
式亭三馬作「浮世床」(しきていさんばさく うきよどこ)
江戸後期の滑稽本。髪結い床でも気楽な無駄話が書かれている。

この「それは残念、閔子騫」ですが、元は「顔淵(がんえん)・閔子騫(びんしけん)」という子曰わくの孔子の10人の弟子の中の「顔淵」と「閔子騫」という人の名前なのです。
顔淵・閔子騫(がんえん・びんしけん)
中国古代の思想家・孔子の優れた弟子
「顔淵」と「残念」とかえて洒落た訳なのですね。

「子曰わく」といった孔子の事は、寺子屋で習っているので子供達も「顔淵・閔子騫」という名前を知っているわけです。
老若男女みんなにうけた洒落であったのです。
■江戸の駄洒落 地口■
こういった江戸の駄洒落を地口(じぐち)といいます。
(地ビールや地酒の地です。)
地口(じぐち)
つまり、江戸っ子独特の洒落言葉・・・口の言い回しということです。

「どうしてそういう駄洒落なんかを言っていたのか?」
といいますと、江戸は諸国の吹き溜まりでいろいろな人が集まってきます。
ゆえに、初対面の場合が他の町よりとても多いのです。
それで
初対面の人の気持ちがほぐれるようにちょっと洒落を言って笑わせて場を和ませる
というコミュニケーションの手段であったのです。
江戸っ子で洒落の一つでも言えないようだと、野暮だとかつき合いにくいとか敬遠されてしまうんです。

その他、江戸の人々が言っていた地口と言えば、以下のようなものがありました。
腹が減りま大根
(練馬大根とかかっている訳ですね。 )
ありが十(とお)ならいもむし二十(はたち)
(意味:ありがとうをもじって)
その手は桑名の焼きはまぐり
(意味:その手は食わない!)
恐れ入谷の鬼子母神
(意味:恐れ入りました)
■人気を用いた浮世絵■
妙名異相胸中五十三面
「妙名異相胸中五十三面」(みょうないそうきょうちゅうごじゅうさんつら)
江戸の遊び絵』より
(稲垣進一編、東京書籍、p136-p137、1988/7/8)

歌川国芳が描きました人の顔のいろいろを五十三次になぞらえたものです。
藤沢=おじさま (右上拡大図)
藤沢にかけておじさま・・・と。(^^;

平塚=ひらつら (中上拡大図)
平塚にかけてひらつら
何を言われても全然平気、厚顔無恥というわけですね。

大磯=おおいた (左上拡大図)
大磯にかけておおいた
つまり、そそっかしいと柱に顔をぶつけて痛い思いをするぞという・・・(-o-)


三島=としま (左下拡大図)
三島にかけてとしま
おいおいおい・・・。(^^;

沼津=なまず (中下拡大図)
沼津にかけてなまず
ぬらりくらりとして押さえ所がないという人の顔(^^;

現代ではこういった洒落は「親父ギャグ」とか「寒い」などと避難されますが、当時は駄洒落の方が喜ばれました。
実はなんとそういった洒落を売る先生がいたのですっ!!(゚o゚)
だいたい平均して一句4文で教えてくれるそうです。
そういった先生達の中でも、ウケが良い先生はやっぱり高いんですよね~。
一句が8文や12文だったりした先生もいたそうです。

とにかく女の子をぷすっとさせればしめたもの、と言うことで
「あの人、いい人ね」
と言われてモテる第一歩になった訳でした。

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