●一流の浮世絵師が美人画ばかり描いていた。
●モデルが1人だけだった。
今回、天下の一流の浮世絵師が主人公でした。
ですが、一流の浮世絵師としたら、
美人画だけを描いていてはダメです。
風景画、美人画、役者絵、風俗画等といったあらゆるジャンルが描けて、晴れて一人前の浮世絵師となれるのです。
それと美人画のモデルが1人だとすると、すぐに飽きられてしまいますよ。(^^;
~質問(えなり君)~
前に作家の話で、作家より版元の方が立場が上だとありましたが、今回の絵師はどうなのですか?
~回答(杉浦先生)~
まったく変わりありません。
版元がすべての権限を持っていまして、
「この画題でこういった絵を描きなさい」
というように絵師に命じる立場でした。
今回の設定だと、魁屋さん(版元)がお重さんだけを描きなさいという注文を出したということになります。
今回、版元と絵師が再婚というおめでたいお話でした。
実は当時の江戸では、男性の割合が大変多くなっております。
ゆえに、
再婚できるということは大変栄誉なことなのです!
でもその場合は名のある家柄か版元・一流絵師といった魅力ある職業の場合のどちらかでした。
長屋の住人の場合、一度去られたり、亡くなられてしまうと、再婚は至難の業でした。
ですので、当時は一生独身の人が多かったのです。
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独身男性が多かった江戸では、男性の再婚は大変贅沢なことだった。
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■江戸時代における浮世絵■
浮世(うきよ)というのは当世、今の世の中という意味です。
よって浮世絵は『今の世の中を写した絵』ということになります。
実は浮世絵という言い方が一般化したのは明治以降で、当時は東錦絵(あづまにしきえ)と言っていました。
東錦絵は江戸の特産品として地方へのお土産にうってつけの名産でした。
もちろん上方などでも手に入りましたが、東錦絵としてのブランドが成立していたのです。
(つまり江戸で買ってこその東錦絵という事かな?)
錦絵を当時の人々は美術品として購入していた訳ではありません。
情報のメディアの一つとして捉えていました。
(ポスターみたいな感覚でしょう。)
芸術としての絵画は掛け軸や屏風絵で、お抱え絵師の狩野派(かのうは)だったりします。
対する浮世絵師の方は版下絵師(はんしたえし)という版を作るための下書きの絵師という事に分けられていて、ジャーナリストの扱いでした。
現在で言うカメラマンに近い存在です。
■さまざまな浮世絵■
東錦絵には2つの花形ジャンルがあります。
一つは
役者絵、もう一つは
美人画です。

初代豊国画「役者舞台之姿絵 高らいや」
『
図説 浮世絵入門』より
(稲垣新一編、河出書房出版、p72、1990/9/10)
豊国の仮名手本忠臣蔵・五段目のとても有名なシーンです。
これはかなり都会的な、当時で言うとハイカラなセンスの絵であったわけです。
今で言う
ブロマイドやポスターと言った物に近いですね。
一流のカメラマンの撮った一流の売れっ子のスターという事になります。
これらが売れに売れ過ぎて当局の目に止まり、お叱りを受けることになってしましました。
現在、手元に資料がありません。
見つかり次第、掲載いたします。
国芳画「源頼光公館土蜘作妖怪図」
これは天保の改革の行われていた天保14年に豊国の弟子・国芳が描いた3枚続きの風刺画です。
土蜘蛛
(つちぐも)が源頼光
(みなもとのらいこう)を困らせているという絵です。
ですが、実は土蜘を
天保の改革に見立てているのです。
そしてこの悩んでいる頼光は12代将軍家慶
(いえよし)です。
その下で威張っているのが、老中・水野忠邦
(みずのただくに)だと言われております。
つまり天保の改革を推し進めた張本人です。
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天保の改革(てんぽうのかいかく)(1841~1843)
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老中・水野忠邦が行った幕制改革。
庶民の風俗も厳しく取り締まった。
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後ろにたくさんの妖怪がざわめいています。
実は、これは
民衆の怒り・不満がぶっつけられていると考えられています。
例えば・・・
亀の妖怪は、当時、
鼈甲(べっこう)が贅沢品だからといって取り締まわれた恨みというわけです。
ろくろ首は話し家、つまり
寄席(よせ)や話しの演目が制限されてきたという恨みです。
当たりと書いてある提灯の妖怪が
富くじが禁止された恨みです。
天保の改革は大変厳しかったそうです。
こうやって風刺された物はすぐ当局の目に止まり
「けしからん」ヽ(`Д´)ノ
という事で絶版になってしまいます。
国芳は、反骨精神の強い江戸っ子の絵師でした。
これでお咎めを受けた後も似たような物を描いています。
将軍と大奥の内情をおちょくっている絵も描いていて、やっぱり絶版になっております。(^^
この錦絵の面白い所に、国芳という落款
(らっかん)の隣に
彫竹とあります。
つまり
掘り師の名前まで彫ってあると言うことで、
浮世絵そのものがチームワークであったということです。
絵師1人がすべてをやっていたというのは大間違いで、プロジェクトチームで豊国や国芳というブランド名で勝負していたわけでした。
おまけですが、この「天保の改革」は
かなり庶民に嫌われていたらしく…
老中・水野忠邦が老中を罷免
(ひめん)された時に、彼の屋敷が町人達によって石を投げ込まれたという事があったらしいです。
それほどまでに嫌われた天保の改革……よく調べてみると
「子供の玩具は、銀一匁 or 銭一〇○文以上で売ってはならない」
なんていう禁止令を出すくらい細かいです。
まぁ奢侈禁止令の一環でしょうけど、子供のおもちゃに幕府が口を挟む…というのも、何だかなぁ~。(^^;
これじゃあ、嫌われるのも無理からぬことでしょうね。
【質問:】ポスターなんかは部屋に飾ってありますか?
●伍代さん●
私は中学生の頃に良く飾ってましたね~。
ジェームス・ディーンとか~。
あの斜め45度のをね、貼って。
●重田さん●
私はねっ!
ジェームス・ディーンももちろんスキなんだけど、小学校6年生ぐらいの時にウィーン少年合唱団と、マークレスタ!
【杉】美少年ですね~。(^^
そう~、美しくてねっ!!
ウィーン少年合唱団もみんな美少年だったし!!
●加納さん●
僕はやっぱり高校の時でしたからね~。
やっぱり、天地まりさんでしょ~、小柳ルミ子さん、あと南沙織さん。(^^
この御三家をもぅベタベタベタベタッァァァァァーっと貼ってたのを覚えてますね。(^^
●えなり君●
結構絵が好きだったんですよね、小さい頃に。
【金】小さいって今も小さいじゃん。(^^
【ALL】(^o^)(笑)
じゃ、今より小さい時に。(^^;
絵が好きで、漫画の主人公を自分で描いて貼って・・・1人で満足してました。(^^
●杉浦先生●
私はずっと大事にしていたポスターがアホウドリが翼を広げた実物大のポスターを天井に貼って・・・。
後、襖の所にコウテイペンギンの実物大のポスターを・・(^^
【ALL】【ALL】(^o^)(笑)
【金】せ、先生は鳥が好きなのですか?(゚o゚)
中学生の時、大好きだったんです。
●犬塚さん●
僕はねぇ~自分で描いてちょっと貼っておきますね~。
【金】絵心があるっ!!!じゃ、今日の役柄なんかぴったりじゃないですか!!
い、いやぁ~絵心程はないんだけどね~。
【金】やっぱり美人画で?(^^
【野】奥さんをモデルに?(^^
【ALL】(^o^)(笑)
風景画っ!!(>o<)/
後は自分の家の犬を描いてみたりね~。
【金】犬塚だらか?それでワンちゃんワンちゃん言われてんだ~。(^^
【ALL】(^o^)(笑)
やかましんだよ~(^^;
そうじゃないんだよ。(^^
だから、墨絵が多いんだよね。
【金】ぜひ一度見せて欲しいですね~。
●野川さん●
私はね~・・・小学校の時に映画教室がありますでしょ?
その時にニュースが付いてくるでしょ?
それにプレスリーがニュースに出たんです。
こういうロックというものが初めて出て。
それでもうステージの上で寝っ転がってテープがもぅワァァーー!と流れてね。
それをみて凄い人がいる~って。
それ以来、プレスリーなんです。
バラード好きでしたね、プレスリーの。
●魁さん●
【金】おじさん、おじさん。(^^
【ALL】(^o^)(笑)
おじさん所はねぇ~、女の子が2人いるんですよ。
今はいっぱいポスターとかあるでしょ?
いろんな物を貼るんだけど、もう自分たちの部屋に貼りきれなくなったからって・・・
私の部屋にモーニング娘を貼るのはヤめなさい!!!(>o<)/
【ALL】(爆笑)(^o^)/アハハハ
我が家も天保の改革するぞ!!
●金造さん●
私はね~・・・スティーブ・マックイーンが好きなんだよね!!
ポスター貼ってね~。
俺もね、あんな風になるんだぁ~なんて思っていたら、こんな風になっちゃいました。(^^;
と言ったところでまた来週~