今を持ってしても非常に奇妙なお人に見えますが、江戸当時の人々にとっても奇妙に見えたらしく、当時の文献にも藤岡屋由蔵についての記述がのっておりました。
「絵本風俗往来」という四季折々の江戸の風俗について記述されている本があります。
この中にて「お記録本屋」として紹介されております。
(この本は
明治時代に刊行された本であるため『江戸文献』とみなすのはおかしいことですが、これを書いた菊池貴一郎こと四代広重は嘉永2年(1849)の生まれであり、騒然とした幕末をその目と体で体感してきた人物であったため、あえて江戸文献と称させて頂きました。)
「絵本風俗往来」の中では藤岡屋由蔵は下記の様に紹介されておりました。

「お記録本屋」
『
絵本風俗往来』より
(菊池貴一郎、青蛙房、S50/9/25、P355)
●営業場所について●
「外神田御成道の入り口なる広場に筵(むしろ)を敷きて、古書籍を連ねて商う本屋の老爺あり」
→当初は広場に露店を出していただけでしたが、後に中川屋の軒先を借りるようになり、ついには同所に一戸の店を構えるようになったそうです。つまり
店をもてるほどの売り上げがあったということなのでしょうか?
●作業風景について●
「素麺箱を横におきて机と成し、瀬戸焼の墨壺に禿筆(きれふで)を染(そめ)て・・・(略)・・・終日何か認(したた)めてりしかば人呼びてお記録本屋といいなりし」
→
朝起きると寝るまで安座して、書き続けたそうです。そんな姿を見て、人はみな「お記録本屋」と呼んだのでしょうね。
→お酒が入った徳利を脇に置いてちびちび飲み、眠くなると日に何度も三里へ灸えながら書き続けたとか。はぁ~・・・(゚Д゚)
(三里・・・膝関節の皿の下あたり)
「砂塵(さじん)を吹き上げて煙りの如くなるに頓着(とんちゃく)なく悠然として筆を休めざるは雨雪の日を除くの外」
→風が吹くと、今回のお芝居のようにばぁっと砂埃が舞って、砂まみれになるんだそうです。たぶん商品である古本のことなんて眼中に無かったのでしょう。(^^;
●外見について●
「年中日光に照り付けられしかば顔色渋紙の如く、頭髪ボウボウたりしを手ぬぐいにて包みたり」
→夏場の暑い時や、冬場の寒い時なども出続けた結果・・・そうなっちゃったみたいです。(^^;
●営業について●
「怪しむべきは、身柄良き武家の来たりて破筵(やれむしろ)の片ヘに着座して、何か談話して余念なき様を見しこと数度あり」
→身柄良き武家というのは、
各藩の留守居役らしいです。留守居役は
江戸で集めた情報を国元に送るのが役目であるため、情報通である藤岡屋由蔵より情報を入手していたのでしょう。
→藤岡屋由蔵の情報ネットワークはかなりのものだったらしく、幕閣にて午前中におきた出来事などは当日の夕方には既に記録されていたとか。愕くべき情報収集力ですね。
→しかし周りの人間からは甚だ不思議に思えたでしょうね。一介の老爺にたびたび身なりの良い武家が話しかけてくるんですから。
「古本を求めんとて値を問えば、甚だ不廉(ふれん)にして一銭もひくことなく、随分頑固なる振る舞いあり」
→たぶん「人が大事な記録をしている時に話しかけるなよ!」なんて思っていたのでしょうね。商売っ気がないというか・・・でも、頓着しない割には値引きをしてくれないみたいですよ。(>o<)/
自分の主観を記述せずにただ客観的に噂話などを記述し続けた「藤岡屋日記」ですが、その中には
数少ない自身に関すること記述があります。
文久元年(1851)6月20に発売された「芸園通家 三世相時に合性」という
番付に藤岡屋由蔵が選ばれて掲載されたので、それを祝して友人からの祝賀の歌を寄せた部分があるんですよ。
この番付、どうやら
奇人番付らしいのですが、奇人といっても変という意味より優れた人という意味になります。
(幕末の江戸において、筆記に関する三人のうちの一人として称されたようです。)
珍しく自分の事を記述したくらいですから、よほど嬉しかったのでしょう。(^o^)
頑固爺という印象がありましたけれども、こんなところはかわいらしい性格の持ち主ですね。
また、当時の川柳にも藤岡屋由蔵のことが歌われております。
「本由は 人の噂で 飯を食い」
この川柳は、全国に響き渡るくらいの有名な川柳だったそうです。
実に数十年間にも渡る路上での記録作業が実を結んだ結果・・・と言えますね。(^o^)
現代から200年以上も昔に、すでに情報の有用性に着目し、「商品」として売買するまでにいたった江戸の情報屋こと藤岡屋由蔵。
江戸の情報というと、「読売」等に注目してしまいがちでしたが、この藤岡屋日記に出会ったことにより
「情報という見えない形のものを売る」
という現代では当たり前のことが、既に江戸時代においても行われていたという事実を知らされて、かなり驚かされました。
もしこの藤岡屋由蔵が現代にいたら、さぞや情報量の膨大さに目がくらむことでしょうね。
それと同時に嬉々として、情報の管理をし始めていたかも。(^^