
『
江戸名所図会 上巻1』より
(鈴木棠三・朝倉治彦校注、角川書店、P172-P173、S50/1/10)
こちらも同じ薬師様で行われる植木市です。
様々な鉢が並べられておりますが、よく見てみると面白いのがいくつか見えます。
●サボテンの鉢

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●アロエの鉢

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これらはどう考えても
日本産の物ではありませんね。
このように輸入物の外来種もたくさん売られていました。
この絵の中の植木市も大変賑わっておりますが、どの市も同じように賑わっていました。
毎日、どこかの門前や境内ではこのような植木市が開かれております。
それゆえ、植木好きは毎日通う事が出来ました。
なぜそのような盛り上がりを見せたのか・・・なのですが、きっかけは
「葵~徳川三代」にあります。(^^
初代・
徳川家康公が、こういった植物が好きでした。
二代・
秀忠公も大好きでして・・・
更に輪を掛けたのが三代・
家光公でした。
吹き上げ御殿をお花畑にしてしまい、たくさんの植木や鉢を並べて楽しんでいたそうです。
あまりにも珍しい大変高価な物ばかりだったそうです。
そのため、その花の管理の為だけに新たに7人もの監視役人を雇ったほどでした。
非常に熱心でありまして、特に愛玩されたのが
「手のひらに乗るぐらいの名木の小さな松」でした。
何と
『寝るときも自らの箱枕の引き出しの中にその松を入れて寝るほどだった』
そうです!!(゚o゚)
あまりにものめり込みすぎたので、それを戒める為にかの大久保彦左衛門が愛玩の一鉢を割って諫めたことがあります。
ですが、それでもおさまらなかったそうです。
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大久保彦左衛門(おおくぼひこざえもん)
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戦国以来の徳川家臣。
武士道精神にあふれ、家光が好んで話を聞いたという
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更には五代・
綱吉の時に
生類憐れみの令で釣りが禁止になってしまったことも、園芸が広まった原因でもあります。
釣り竿などをしまって、武士も庶民も盆栽や植木鉢を愛でるようになってしまったのです。
200冊をこえる園芸指南書が発行され、どれもベストセラーになりました。
図会入り、解説入りで、育て方、鑑賞法などをちゃんと仮名までふって書いてあったそうです。
それゆえ、お年寄りから種屋の小僧さんまで、そういった本を読むことができました。
ゆえに、その辺の小僧さんに難しい園芸の質問をしても即答したと言う程、指南書が愛読されていたのでした。