江戸はずっと女性の人口が少なくて、8代将軍吉宗の頃でも
男女比率が2:1だったそうです。
単純に計算すると、男半分があふれてしまうわけですね。
上流のお金持ちの層の人が複数の女性を独占していますので、下の方まで回ってこないのですが。(^^;
江戸は女性がもてまして、さらに女性の選択肢が広いのです。
(
女性が男性を選ぶわけです。)
それで今回のように、三次さんが一方的にプロポーズすることは、かなり自分に自信がある男性でした。
江戸の女性から見たら、あつかましいタイプと見られてしまうでしょう。
相手の気持ちを考えないということは、まずありませんでした。
(絵のような色仕掛けをする必要がなかったようです。)
江戸の男性は
ひたすら待って、ひらすら耐えて、ひたすら尽くす。
結婚の最初の時に
『三行半をもらうという事を条件に結婚する』
という女性もいたそうです。
つまり、
いつでも嫌になった出ていってしまいますよ、という事です。
で、その別れた後の女性はというと、引く手あまたですからね~・・・。
上流のお金持ちは選り取り見取り。
でも庶民は、ドリームジャンボが当たったくらいうれしい事でした。(^^
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三行半、三下り半(みくだりはん)
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江戸時代、夫から妻に出した離縁状の俗称
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結婚式ですが、庶民はだいたいが
人前婚です。
隣近所の人たちなどをたくさん集めて、大家さんに認めてもらいます。
おこわとお酒を振る舞うくらいで、
それほどの出費はないのです。
それでもたくさん呼ぶのが義理ですから、その上で別れてしまうことは恥をかいてしまうということでした。