当時、八百八町の町人達は娘が生まれたらどうか武家奉公させたいと切望しておりました。
その武家奉公の頂点にあるのが大奥への奉公です。
大奥への奉公は大変難しく、町人ではたどり着くことはなかなかありませんでした。
現在手元に資料がありません。
手に入り次第、掲載いたします。
『
風俗画報』より
これは大奥の絵です。
中心に
御台所(みだいどころ)がおります。
お台所ではなく将軍の妻ですよ。(^^;
その他には
御祐筆(ごゆうひつ)、御年寄、御中臈(ごちゅうろう)というトップクラスのエリートの方々がおられます。
彼女たちは
御目見以上の女官です。
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御目見(おめみえ)以上の女官
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長御台所にお目通りする資格がある。
主に旗本の家の娘を採用した。
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彼女達はみんな旗本などの選りすぐりの息女ばかりです。
とても庶民の手は届きそうにないですね。
大奥ではありませんが、とある大藩の奥の図会をご紹介します。

「彩色美津朝」(鳥居清長)
『
大江戸ものしり図鑑』より
(中道武発行、主婦と生活社編、主婦と生活社、P133、2000/1/24)
新年の馬乗りはじめの儀式だそうです。
プライベートな空間でもあった奥ですので、女性がおります。
(姫のお付きの女中)
庶民の手が若干届きそうになるのが、
お局様(おつぼねさま)のお部屋方と言います。
(お局様:上にあげたお目見え以上に当たるような重要な地位にいる女性)
お局様が召し抱えた女性達で、この部屋方に町人の娘がまれになることができました。
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部屋方(へやかた)
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高級女官の私的用人。
町人の娘からも採用があった。
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これはお局様直属の奉公人なので
屋敷奉公ではなく、本当は私的な使用人なのです。
これだけでも大変鼻高々、娘に箔が付いたわけです。
町人の場合ですと、その後にお嫁入りをするのですが、武家から下がって来たということだと玉の輿も夢ではありません。
箔どころか金箔付きになってしまうわけです。
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武家奉公で行儀作法を身につけることが娘の箔付けとなった。
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玉の輿に乗りたいが為にみんな武家奉公したがるのです。
決して家がまずしいので給金目当てに奉公しているわけではありません。
逆にお仕度金や四季折々の付け届などで150両くらいかかると言われるほど大変なものでした。
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嫁入り支度として武家奉公をするのは裕福な町人の娘が多かった。
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よほど、裕福な町人でないかぎり武家奉公は難しいわけです。
しかし、一般の町人でも武家奉公にパスするための様々な芸を仕込むのです。