◆お芝居情報◆

【放送日】1999/11/18
【お芝居】聞くは一生の恥

役柄役名出演者名
金太 桜 金造
和道 えなりかずき
三右衛門 魁 三太郎
お重 重田千穂子
お景 竹下景子
お藤 藤あや子
吉兵衛 加藤武
二休 江成正元
お江戸でござる オリジナルソング
曲名 恋夢語
作詞 小野 彩
作曲 小野 彩
藤あや子




●杉浦日向子のおもしろ講座●
江戸風俗研究家 杉浦日向子
加筆・編集・補足 長尾武之介



◆本日の間違い点◆

●和道様が「寺の境内で古道具を並べても売れやしない」と言っていましたが・・・
実は寺の境内は、往々にして骨董市が立つところなので骨董を扱うには最適な所なのです。
金太さんの良かった点でもありますね。
人通りも多く、そいういった骨董市を楽しみにお寺を参詣する人も多かったのでした。
現代でも、京都の東寺や都内の新井薬師などは骨董市で有名です。


●武家奉公に出す先の殿様が骨董好きなので、骨董を献上するために譲って欲しいという話でしたが・・・
女性が奉公するという場合は奥へ奉公することになります。
武家というのは、表と奥がはっきりと区別されているのです。
表(公務をつかさどる)は男性ばかりで頂点にはお殿様がいます。
奥向き(プライベートの様な私的な方)は奉公人は女性ばかりで頂点は奥方様です。
このように表と奥ではっきりと区別されているので、奥の奉公人(すなわちお藤さん)を雇うのはお局(つぼね)様と奥方様なのです。
ということで、殿様のご機嫌をとっても何の役にも立たないということでした。


●大江戸武家奉公事情●

■武家奉公の頂点 大奥への奉公■
当時、八百八町の町人達は娘が生まれたらどうか武家奉公させたいと切望しておりました。
その武家奉公の頂点にあるのが大奥への奉公です。
大奥への奉公は大変難しく、町人ではたどり着くことはなかなかありませんでした。

現在手元に資料がありません。
手に入り次第、掲載いたします。
風俗画報』より

これは大奥の絵です。
中心に御台所(みだいどころ)がおります。
お台所ではなく将軍の妻ですよ。(^^;
その他には御祐筆(ごゆうひつ)、御年寄、御中臈(ごちゅうろう)というトップクラスのエリートの方々がおられます。
彼女たちは御目見以上の女官です。
御目見(おめみえ)以上の女官
長御台所にお目通りする資格がある。
主に旗本の家の娘を採用した。
彼女達はみんな旗本などの選りすぐりの息女ばかりです。
とても庶民の手は届きそうにないですね。

大奥ではありませんが、とある大藩の奥の図会をご紹介します。

「彩色美津朝」(鳥居清長)
大江戸ものしり図鑑』より
(中道武発行、主婦と生活社編、主婦と生活社、P133、2000/1/24)

新年の馬乗りはじめの儀式だそうです。
プライベートな空間でもあった奥ですので、女性がおります。
(姫のお付きの女中)


庶民の手が若干届きそうになるのが、お局様(おつぼねさま)のお部屋方と言います。
(お局様:上にあげたお目見え以上に当たるような重要な地位にいる女性)
お局様が召し抱えた女性達で、この部屋方に町人の娘がまれになることができました。
部屋方(へやかた)
高級女官の私的用人。
町人の娘からも採用があった。
これはお局様直属の奉公人なので屋敷奉公ではなく、本当は私的な使用人なのです。
これだけでも大変鼻高々、娘に箔が付いたわけです。
町人の場合ですと、その後にお嫁入りをするのですが、武家から下がって来たということだと玉の輿も夢ではありません。
箔どころか金箔付きになってしまうわけです。
武家奉公で行儀作法を身につけることが娘の箔付けとなった。
玉の輿に乗りたいが為にみんな武家奉公したがるのです。
決して家がまずしいので給金目当てに奉公しているわけではありません。
逆にお仕度金や四季折々の付け届などで150両くらいかかると言われるほど大変なものでした。
嫁入り支度として武家奉公をするのは裕福な町人の娘が多かった。
よほど、裕福な町人でないかぎり武家奉公は難しいわけです。
しかし、一般の町人でも武家奉公にパスするための様々な芸を仕込むのです。
■様々な習い事■
■上原漫画「習い事にも・・・」■
上原漫画
上原漫画
上原漫画
女の子が生まれますと、数え6歳の時に以下の様な芸事を習い始めるそうです。
・三味線、琴
・囲碁、将棋
・書、画
・和歌、香(お香をたく)
・源氏物語、百人一首のそら覚え
武家奉公に上がる前に実技試験があるのです。
何か一芸に秀でているかという事を見るのですが、今回のお藤さんでしたら歌というかなり秀でていらっしゃるものがあるので、この試験に関してはかなりの確率でパスすることができるそうです。
他には、大根のかつらむき、千六本、豆腐の賽の目切りなどの包丁の使い方も試されたのでした。
(ちょっと出典を忘れてしまったのですが、「あまりにも習い事が忙しくて遊ぶ時間が全然なくて辛いよぉ(つД`)」みたいな愚痴をこぼしている女の子の話を読んだ事があります。奉公を考えている親は、今以上に教育熱心だったのかもしれません)

ただ、お藤さんの場合パスできない要点が一つあります。
武家の息女の武家奉公は一生涯奥に捧げるのです。
ところが町人は3年くらいの奉公なので、奉公中にはできるだけ波風を立てて欲しくないという事で、器量の良い人を外してしまうのです。
同僚からねたまれる原因になりますからね。
奉公を糸口に権力者の目に止まり、異例の出世をした女性もいた。

■実際にあった玉の輿■
江戸時代の女性はそのような玉の輿を夢みていろいろやったわけですが、実際成功した人はいるのでしょうか?
そんな玉の輿の一例をご紹介します。

有名な所では5代将軍綱吉のお母上、桂昌院(けいしょういん)が八百屋さんの娘さんだったというのがあります。
桂昌院(けいしょういん)
三代将軍家光の側室。五代将軍綱吉の母として権勢をふるった。
それから11代将軍家斉公の側室で寵愛されましたお美代の方
彼女はお坊さんの娘さんだったそうです。
お美代(お伊根)の方
十一代将軍家斉の側室で、実父は僧りょとされる。
それから幕末に活躍しました島津久光公の生母、お由良の方と言いまして、町方の大工の棟りょうでちゃきちゃきの娘さんだったそうです。
お由良(お由羅)の方
薩摩藩主・島津久光の生母。
江戸の大工又は船宿の娘と言われる。
そのような実例があるから熱望する人が増え、更に狭き門となってしまうのでしょうね。

町人の娘さんが唯一習い覚えた芸を披露する場も与えられました。
江戸では山王祭神田祭です。
祭りの時に踊り屋台というのが出てステージになるのです。
そこに江戸城大奥のご老女方が出向いてスカウトなどをするわけです。
実際、天保年間に麹町の娘さんが大奥にスカウトされたというのが一大ニュースとなりました。

それにしても女性の方はいろいろな稽古事をしなければならず、さぞかし大変だったんでしょうね~。

●出演者への質問●

【質問:】皆さんは稽古事などはどうでしたか?」

●藤さん●
私は小学校の頃にお習字と算盤と踊りと結構やってました。
玉の輿の望みもまた捨ててません!
●重田さん●
大人になってからバレエをやりました。
●加藤さん●
え~、お神楽、担ぎ囃子や太鼓とか。
ま、そういうのをやりました。
ちょっと変わった事をやろうと思いまして。
●えなり君(兄)●
一生懸命やっていたというのは・・・空手ですかね。一応、5歳からやってました。
【金:】えなり君に逆らわないようにね~。(笑)。
●杉浦先生●
まったくうちは山村の方なので犬と真っ黒になってかけずりまわって放し飼い状態でした。(^^
【金:】えこれからやってみようと思う事は?
いや~、無精なのでダメですね~。
●竹下さん●
【金:】名前が景子(稽古)ですものね~。(^^
飽きっぽいのですけど芝居をやるのでどうしても三味線を引かなくてはならないという事があるので、今は三味線とくっついて長唄とくっついて踊りもやっているのですが、藤娘がちっとも上がらないんで「アンタのは古娘だよ!」とお師匠さんに言われてます。(^^
●えなり君(弟)●
【加:】待ってました!
【金:】えなり弟(^^
家でゴルフを~~。
【ALL:】オオオオオー!!
お父さんに今も教えてもらってるんです。
【金:】ゴルフのボールになっちゃいそうだね~。(^^
【ALL:】(大爆笑)!
この時のえなり君(兄)はなんだか恥ずかしそうでした。(^^
●魁さん●
私はねぇ~小学校3年生の時にね、バイオリン・・・・・・
【ALL:】え~~!!!
【重:】うそっ!!!
・・・習っておけば良かったなぁ~。(笑)
【ALL:】(大爆笑)!
●金造さん●
【え:】さぁ~やってきました金造さん!
私はもぅ~算盤8級ですから~(笑)
あと・・・また来週お会いしましょう~!!!!(^^

■参考文献■

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